循環器内科 門前 幸志郎
皆様こんにちは。
新宿つるかめクリニック院長の門前幸志郎です。
本シリーズの最終回は高血圧の薬物治療についてお話ししたいと思います。
まず前回の問題に対する解答です(前回ブログの読みなおしはこちら)
問題4: ② 79(kg)
ヒントにもお示しした通り、
BMI = 体重kg ÷(身長mの2乗)
ですから、身長178㎝のAさんのBMIが25である場合、その体重は、
体重kg = 25 ×(1.78の2乗) = 79.21
となり、②の「およそ79kg未満に減らす」が正解となります。
問題5: ② 7000(kcal)
当ブログ第3回を参照してください。
これは以前のブログ記事の復習問題でした。重ねて申し上げますが、運動だけで脂肪1kgを減らすのはたいへんなことですね。しかし時間をかければ出来ないことではありません。
さて、再びケーススタディの続きです。
新緑が美しい5月のある日の昼下がり、Aさんが循環器ドクターMのもとへ再診に訪れました。
ドクターM「本格的に食事と運動の治療を始めて2ヶ月ほどになりますが、様子はどうですか?」
Aさん「出来るだけの減塩を続けているのと、運動も野球やウォーキングをあわせて週2,3回行って、体重は2kgほど減りました。でも血圧はまだなかなか下がらなくて、、、」
Aさんが示した血圧の記録では、血圧は132 / 82から146 / 98の間で平均は140 / 90と以前とあまり変わりがありません。
ドクターMが測定した診察室血圧は146 / 96でした。
ドクターM「努力はしていて、体重減量は立派ですが、血圧は下がりませんね。ガイドラインに従って、薬による治療を始めてみましょうか。」
Aさん「わかりました。お願いします。」
(表6)
(高血圧治療ガイドライン2019に準拠:日本心臓財団のHPより転載。以下同じ)
ドクターM「降圧薬にはいくつかの種類があって、それぞれに固有の特徴があります。作用機序や効能、それから副作用もそれぞれの薬剤で異なりますので、患者さんそれぞれの高血圧の程度や合併疾患など、様々な要因を考慮した上で慎重に選択する必要があります。
主な降圧薬の種類には、Ca(カルシウム)拮抗薬、ARB / ACE阻害薬、(サイアザイド系)利尿薬、β(ベータ)遮断薬などがあります(表6)。ちょうどABCD(A:ARB / ACE阻害薬、B:β遮断薬、C:Ca拮抗薬、D:利尿薬(diuretics))と覚えると良いです。」
Aさん(表6を見ながら)「なるほど。降圧薬にもいくつかの種類があるのですね。この『積極的適応』というのはどういうことですか。」
ドクターM「例えばこの表にあるように、LVEF(左室駆出率)の低下した心不全を合併した高血圧にはARB / ACE阻害薬、β遮断薬ないし利尿薬が積極的な適応となり、頻脈の方ではβ遮断薬ないしCa(カルシウム)拮抗薬の一部を用いると良いなどと、それぞれの薬剤の特徴を考えた上で、患者さん各々の合併疾患や病態に応じた最適な降圧薬の選択が行われます。ただしAさんの場合は、今のところ高血圧以外には肥満と脂質異常症が認められますが、この表にあるような降圧剤の積極的適応に関わる重要な合併症は特にありませんね。」
(表7)
ドクターM(表7を示しながら)「また、積極的適応とは反対に、患者さんがお持ちの病態によっては使えない薬、使いにくい薬があります。幸いにもAさんには糖尿病、喘息、腎障害などの既往はなく、徐脈も頻脈もありませんから、禁忌や慎重投与となる薬剤は特になく、選択肢は広いと思います。まずは比較的良く使われているCa(カルシウム)拮抗薬かARBを用いてみることにしましょう。」
Aさん「だいたいわかりました。何をどのように服用すると良いのですか。」
ドクターM「そうですね。Aさんの場合、先日の採血結果でカリウムの値が基準値内ながらも若干高いほうでしたから、その点を念のため考慮して、
( 問題6: ① Ca(カルシウム)拮抗薬 ② ARB / ACE阻害薬 )
を用いてみましょう。まずは少量から始めますが、毎朝1回、朝食後に1錠ずつ服用してください。血圧は徐々に下がってくると思います。もちろん血圧の記録をお続けくださいね。」
Aさん「はい、わかりました。朝は苦手なのですが、何とか忘れないように服用します。」
ドクターM「お願いします。最初は忘れないように、例えば朝食後の歯みがきの際に水で服用するなど、習慣づけができるような工夫をすると良いです。また、もし服用を始めた後に何か症状があれば、副作用の可能性があるので早めに相談してください。もちろん、薬を始めたからといって食事・運動療法は怠らずに、しっかりと続けましょう。」
Aさん「了解しました。がんばります。野球も続けていますよ。この前は2番バッターでピッチャーもしましたから、二刀流です!」
ドクターM「それはすごいですね。高血圧の治療も食事・運動療法と薬物治療の二刀流(two-way)でお願いしますね!」
Aさんはその後も見事に降圧治療の二刀流を続けて、血圧も120 / 70程度と理想的に改善させることが出来ました。
体重も順調に当初から5kgほど減って、現在85kgにまで減量出来ているそうです。ついでに高かったLDL(悪玉)コレステロール値も130mg/dlまで改善しました。これでAさんは高血圧によって起こりうる動脈硬化とそれに伴う心血管合併症(心筋梗塞や脳卒中など)を防ぐことができて、今後も運動を楽しみながら健康的な生活を送ることができそうです。めでたし、めでたし。
さて、問題6の解答は、
で良いでしょう。ガイドライン(表7参照)によるとARB / ACE阻害薬は高カリウム血症に対しては慎重投与となっているため、カリウムが高めのAさんへの投与は念のため避けることがよいだろうと判断されました。
ただしこれは一例であって、実際には、ガイドラインやエビデンスに基づいた医療(evidence-based medicine=EBM)も重要ですが、患者の皆様一人一人の病状や背景、ときには性格や意欲なども考慮した上で、EBMに基づきながら個々にとって最適な治療、いわばオーダーメイドの治療(order-made medicine)が選択されることが望ましいと考えます。
これにて私から計3回にわたってお話しさせていただいた今回の「高血圧シリーズ」は終わりになります。ケーススタディ形式で問題をお出ししたりもして煩わしかったかもしれませんが、ご通読くださいまして、ありがとうございました。文面や図表に散らばったヒントや証拠を探して推理する感じで、少しでも楽しんでいただけましたならば幸いです。
次回は再び、当クリニック消化器病センター長である田中龍医師が担当いたします。
どうぞご期待ください。
第19回「新型コロナと炎症性腸疾患のその後」に続く👉
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