川上明夫
認知症患者は日本国内で約600万人に上り、うち6割以上がアルツハイマー型といわれています。コロナ禍の中、アルツハイマー病の新薬アデュカヌマブが今年の6月にアメリカで承認されました。アリセプトなどこれまでの薬は、認知症で脳神経細胞が抜け落ちた後になって足りなくなっている物質を補い、症状を一時的に改善するものでした。このアデュカヌマブはアルツハイマー病の発症の原因に踏み込んで治療する世界初の薬です。
脳神経細胞の外にアミロイドベータというタンパク質がたまって老人斑(アミロイド斑)というシミのようなものができるのがアルツハイマー病の始まりです。それによって今度は脳神経細胞の中にタウという別のタンパク質がたまって溶けにくい線維の固まりが出来て(神経原線維変化)、その結果脳神経細胞が死んでアルツハイマー病を発症すると考えられています。アミロイドベータは固まりやすいタンパク質で、どんな人にも生まれた時から作られています。若いうちは脳内で分解されて除去されますが、年を取るとうまく壊せなくなり、アミロイドベータがたまりだすと脳神経細胞に対する毒性が出てきます。アルツハイマー病の患者さんでは発症の20年くらい前からたまり始めていると言われます。
アデュカヌマブという薬はアミロイドベータが増えるのを止めるのではなく、たまってきたアミロイドベータの除去を促進する薬です。この薬がアミロイド斑にくっつくことによりアミロイドベータが分解されやすくなると考えられています。この薬によって認知機能の低下の進行を22%くらい遅くすることができたというデータが出ています。ただこの病気の特性や薬のメカニズム上、アデュカヌマブが効くのは認知症に先だつ軽度認知障害(MCI)とそれに引き続く軽症の認知症の段階と考えられます。
アデュカヌマブは大きな注目を集めた一方で大きな問題もはらんでいます。アデュカヌマブはアメリカで臨床試験がいったん中止されており、また再開された後に“深刻な病気の患者に早期に治療を提供するための”迅速承認“という形で承認される”という異例の経過をたどりました。その経緯をめぐっては専門家委員会がアデュカヌマブの有効性を疑問視し承認の是非をめぐって大論争が起きました。またアデュカヌマブはアメリカでの希望小売価格は年5万6000ドル(約616万円)と言われています。効果の割に高過ぎるという批判もあります。
日本でも昨年12月に承認申請され、早ければ年内にも判断が出る可能性があります。仮に日本で承認されたとき、保険制度の中で薬価がどこまで抑えられるかは不明です。またアデュカヌマブは適切な患者さんに適切な時期に使用することで効果が期待できますが、どうやってそれを見極めるかが今後の課題といえます。
猛暑が続いていますが、皆様、新型コロナと熱中症とゲリラ豪雨に気をつけてお過ごしください。
参考文献 アルツハイマー病新薬、どんな薬?日本認知症学会の東大・岩坪威教授に聞く
第23回"人が見ていない時、月は存在しない"へ続く👉
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