川上明夫
「人が見ていない時、月は存在しない」以前にこんな記述を目にして興味を持って調べたところ、その出所は1930年アルベルト・アインシュタインと、彼のベルリンの別荘を訪れたインドの詩人・思想家にしてアジア人初のノーベル賞受賞者ラビンドラナート・タゴールとの対話のようです。そのころアインシュタインは「物理理論は世界を客観的に記述し予測するものだ」と信じており、量子力学者たちと激しい論争を繰り広げていました。アインシュタインは「神はサイコロ遊びをしない」と述べ、我々が観測する・しないにかかわらず物体は厳然たる一定の性質を備えており、物理理論はそれらを数学的に書き表して予測するものと主張していました。
アインシュタイン(左)とタゴール(右)(https://tecvow.org/)
タゴール:この世界は人間の世界です。世界についての科学理論も、所詮は科学者の観方にすぎません。
アインシュタイン:しかし真理は人間と無関係に存在するものではないでしょうか?例えば、私が見ていなくても月は確かにあるのです。
タゴール:それはその通りです。しかし月は、あなたの意識になくても、他人の意識にはあるのです。人間の意識の中にしか月は存在しない事に変わりません。
アインシュタイン:私は人間を越えた客観性が存在すると信じています。ピタゴラスの定理は、人間の存在とは関係なく存在する真実です。
タゴール:しかし科学は月も無数の原子が描く現象であることを証明したではありませんか。あの天体に光と闇の神秘をみるのか、それとも無数の原子をみるのか。もし人間の意識が月だと感じなくなれば、それは月ではなくなるのです。
皆様はこの対話を聞いてどうお感じでしょうか。
アインシュタインの願いもむなしく2019年になって少なくともミクロのレベルでは「客観的な実在」を否定するような実験結果が発表されました。その実験の基になったのが1961年のノーベル物理学賞受賞者ユージン・ウィグナーによる「ウィグナーの友人」という思考実験です。ウィグナーは「私たちのどう見るか(認識するか)の意識こそが、世界を変える」と述べています。
私たち医療者の置かれている世界もまさに人間の世界です。そして「私たちの意識次第でこのコロナ禍の世界を少しでも良い方向に変えられる」という認識が医療者を支えています。
今年もノーベル賞発表の時期になりました。ともにノーベル賞を受賞した二人の知の巨人の対話を思い出し書いてみました。
参考文献
1.アインシュタインの夢ついえる 測っていない値は実在しない
2.2.客観的実在は存在せず? 量子力学の逆説「ウィグナーの友人」を初実験
第24回は小川ゆかり先生にお願いします。
タイトルは"睡眠時無呼吸症候群(SAS)について①"です。